いつのまにか囚われているべき思考の話

 

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大多数の意見に合わせて安心する

べき思考というのは、その名の通り「その年齢であれば結婚すべき」とか、「正社員であるべき」とか、~であるべきと考えてしまう思考のことです。

この、世の中の大多数の見方に習って〇〇であるべき、と考えてしまうことが自分を苦しめるんですね。

べき思考というのは〇〇しなくちゃいけない、〇〇でなければならない、という考え方でもあります。

一般的な意見に自分を当てはめることほど、苦しいことはないと思います。

人それぞれ、得意なことや苦手なこと、家庭環境、外見、性格、同じ人なんて一人もいません。

それなのに、大多数の良いとされる方の意見に、何とか自分が当てはまるように自分を曲げて〇〇でなければならないと考える。

そのべき思考に囚われているうちは、本当の意味での幸せは訪れない気がします。

自分の希望を叶えるということ

じゃあどうすればいいのかというと、べき思考を捨て、自分の感覚を見つめなおすしかない。

世の中一般の意見はこうだけれど、自分はどうしたいのか?

今自分が本当に望んでいるものは何なのか?

人それぞれ、持っているキャパシティは違います。

叶えられる環境であるかどうかも重要なことでしょう。

様々な条件はあるけれども、その中での自分の優先したい物事を考えてみる。

何か、心が反発するのであれば、自分の特性に合っていないのかもしれない。

何か違うな、と感じたらその都度自分を見つめなおす。

何度も失敗はするかもしれない。

それでも、人の意見ではなく自分で決めたことであれば、失敗も納得できるんです。

トライ&エラーを繰り返していくことが大事ではないかと思います。

人と比べない

そもそも「べき思考」というのは、人と比べることで生まれるような気もします。

外側から見えるものが幸せであったとしても、内側まで本当に幸せなのかなんて、私たちにはわかりません。

ただ、悩みの種類が違うだけで、人それぞれ何かしら悩みは持っています。

人それぞれのキャパシティが違う以上、私の方が不幸である、なんて言える訳がありません。

つまり、人と比べることには何の意味もありません。

まとめ・自分の幸せを見つける

「べき思考」を捨て、トライ&エラーをくり返し、自分だけの幸せを見つける。

その過程も楽しめたら、きっとそれが最高ですよね。

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